大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和32年(あ)1244号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を札幌高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人橋元四郎平及び被告本人の各上告趣意について。

職権により調査すると、原判決は、被告人に対する本件各公訴事実中第一審判決判示第五の事実、すなわち「被告人が昭和二九年八月二六日午後一〇時頃、北海道紋別郡雄武町日の出町四一九番地桟憲夫方において、同家に放火して窃盗の犯行を蔽わんと決意し、同家奥六畳間の押入れ上段の布団の間に、マッチで点火した煙草(新生)二本を一列に並べて置き、その上に薄紙三、四〇枚を被せて放火し、右煙草の火が紙と布団に引火し、さらに、家屋に燃え移らせて、現に人の住居に使用する木造柾葺平家建一棟及びこれに隣接する雄武小学校の校舎のうち一教室を焼燬した」との事実については、放火現場である被害者桟憲夫方奥六畳間に遺留されていた糞便は、各鑑定の結果等によれば、被告人のものでないことを十分認めることができ、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書中右放火に関する部分の自白は容易に措信することができず、その他第一審判決挙示の証拠を綜合するも、右放火の事実を確認するに十分ではない。右糞便についての鑑定を軽視して、被告人に放火の事実を認めた第一審判決は、採証の法則を誤り、事実を誤認したものであり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、同判決は破棄を免れない旨の説示をして、被告人に対し右放火の事実につき無罪の言渡をしている。

しかるに、原判決は、その判示第三の事実として、被告人は昭和二九年八月二六日午後一〇時頃、前記の桟憲夫方が挙家不在中に乗じ、同家裏玄関の戸をこじ開け屋内に侵入し、同人所有の背広上衣二点他衣類三点を窃取した旨の事実を認定し、これを有罪としている。しかし、右桟憲夫方の出火時刻が同日午後一〇時五〇分頃であることは、司法警察員砂田四郎作成にかかる昭和二九年八月二八日付実況見分調書の記載により明らかであり、前示窃盗の所為は放火の所為の殆んど直前に行われたものであり、同一犯人の所為ではないかと見得る公算が多いのにもかかわらず、(本件公訴も、右窃盗犯人が窃盗の犯行を蔽わんために放火したものであるとしていることは前段説示のとおりである。)しかも原判決は右窃盗並びに放火の行われたとする現場に遺留されていた糞便は被告人のものでないことはあきらかであると認定し、この点につき第一審判決に事実誤認ありとして右放火の事実については被告人に対し無罪の言渡をしながら、何ら特段の事由を示すことなく、被告人に対し右窃盗の事実について有罪の認定をした原判決は、事実誤認若しくは理由不備の違法あることを免れず、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

よって刑訴四一一条、四一三条本文により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例